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西馬音内(にしもない)盆踊りについてあれこれ

秋田魁新聞の記事です

西音内盆踊り、北欧に映える

西音内盆踊り

 羽後町「西馬音内盆踊り」の訪問団が今月、フィンランドやノルウェーを巡り、初の北欧公演を行った。

羽後町国際交流協会の交流事業の一環。秋田魁新報創刊135年、秋田フィンランド協会設立30周年記念事業「白夜の北欧周遊の旅」 (7月2~10号に同行、バルト海クルーズの客船内を含む3会場で伝統の舞を披露した。

西音内盆踊り

西馬音内盆踊りの海外公演は1998年の米国以来、6度目。大江尚征町長を団長に、町内の盆踊り愛好者ら15人が参加した。

最初に訪れたフィンランドの首都ヘルシンキでは、市民や観光客でにぎわうバルト海沿いの公園が舞台。「寄せ太鼓」が鳴り響くと続々と観衆が集まり、ステージを取り囲んだ。

西音内盆踊り

軽快な囃子の調べと、編みがさ、ずきん姿の踊り手があでやかに舞う姿は異国の地でも光彩を放ち、喝采を浴びた。踊り終わると、観衆は踊り手や囃子方に握手を求め、一緒に写真を撮る姿もあった。

北欧は今がベストシーズン。美しい港町のスウェーデンのストックホルム、ノルウェーのフィヨルドなど名高い観光地には、世界各地から旅行者が集う。盆踊りを披露した客船も、2500人を超える乗客であふれていた。

白夜

 最終訪門地はノルウェー第2の都市で、同国きっての観光都市ベルゲン。一行は港近くの目抜き通りで北欧公演を締めくくった。

「雨のベルゲン」の名の通り、午後から激しい雷雨となったものの、本番の昼前は青空。美しい街並みをバックに、北欧のさわやかな風を受けて優雅に舞う踊り手の姿は、ここでも人々を魅了した。

踊り手の一人、右京幸子さん(49)同町西馬音内字福田=は「たくさんの人の前で西馬音内盆踊りを披露することができてうれしい」と感想を口にした。充実感漂う表情が、交流の旅の意義を物語っていた。

経済不調の今の時代でも北欧の空に西音内盆踊りが映えるとは、あえてすばらしい時代になったというべきでしょう。(管理人感想)
    (文と写真、湯沢支局・叶谷勇人)秋田魁新聞


西音内盆踊りと写真家

西音内盆踊りと写真家 

千葉克介氏の執念 著 榎本いさお 19
34年生まれ。「雪国」同
人。著書に「旅寵屋の宿帳」
 「雲湧く街」など。羽後町
 
 「今晩ごやっかいになれますか」と、わが旅寵屋の玄関に入ってきた白髪の老紳士の肩に、ライカがぶらさがっている。
 秋田の農村を記録しつづけライフワークにしているこの名高い写真家の風貌を私は知っていた。

とまどい気味に「木村先生でしょうか」と問う。ラフな服装で笑いながら「御案内いただきましょうか」と上がってきた。
 この日は1959年8月17日で、「木村伊兵衛写真全集・第四巻」 (筑摩書房)に、この夜撮った西馬音内盆踊りの写真が載っている。

 翌年の盆踊りの時期の客には、「婦人公論」のグラビアの取材で芳賀日出男氏がきた。

民俗行事を撮りつづけ、この道の第一人者となって世界中を駆け回った芳賀氏は、家々の門口に迎え火がたかれ、人々が盆踊りにむかって静かに高揚していくさまから撮りたいと、11日に西馬音内入りした。

18日の盆踊り最後の夜、正確には19日未明、一抹の凄味と妖しい歓喜に酔ったのだろう。「まだまだ、朝まで踊れ」やぐらを見上げ叫んだ芳賀さんは、もう写真なんかどうでもよいと、宙を浮遊するように舞い出した。

西音内盆踊り

両大家の写真はモノクロで、かがり火と月の光を浴びて踊る人びとを捉えており、そこからやぐらの太鼓や笛の音がいまにも響いてくるようであった。

これはいちげんの客がぶらりときて、宿泊できた50年前のこと、あの時代は、街灯はむろん、看板の数と光も今日のように多くはない。

顔を隠し、かがり火の光に突き出した10本の指が白く骨だけに見える踊り手たちの姿は、この世にかえってきた亡霊ではないかと錯覚にとらわれ、現実が遠のいていくようだった。

 西馬音内は山に囲まれた土地に、すがりつくように農民が生きてきた雪深い農耕の里である。
ごく平凡な町で、おだやか一に暮らしている人々がある日、あるとき急に燃え上がると、盆踊りの町に一変する。

かつては、柴田家(保存会長)のような地主が、労働力を結集する方法の一つとして踊り衣裳を作って貸し与え、盆踊りは仲良く生きよ、という人々の心を育てたのであった。

その絆は、旧西馬音内町に限って受け継がれ、その地域的な狭さが、俗臭を遠ざけ、優美さを保ったのかもしれない。

夏がきて、西馬音内盆踊りの一日がきたら体が勝手に動いたのだろう。

20年も通いつづけた写真家がいた。仙北市角館町在住千葉克介さんである。干葉さんは一昨年、脳出血の発作で倒れ、その後遺症でカメラを自在にあつかえなくなったと聞いていた。

いまも総面積の7割が森とい秋田県。千葉さんは「(全国を渡り歩いた)放浪の果てにたどりついたフィールドは北東北だった」と本紙(3月16日付)に書いている。

なにゆえに県南羽後町に通っていたのかといぶかっていたが、先ごろ送られて来た「西馬内盆踊り」見本刷り)を見て納得した。

 雪に埋もれた茅葺き家、除雪、つらら、朝市。一転して町から望む雄大な鳥海山系と、そこから俯瞰する羽後町。

季節の移り変わりとともに、カメラの視点は空間を移動していき、やがて盆の儀式が始まる西馬音内へと焦点は絞られていく。そうして西馬音内という土地と、そこに根付く情念までもが浮かびあがってくる。

一つのテーマを長く追いつづけるということは、時間と空間の深さにのめりこんだ末に、一つの地点を光景の秘境として捉えるものらしい。レンズを通して、その地の底に何か見えてくるのかと。

 これまで、西馬音内盆踊りの写真集は数多くみてきた。そのほとんどは彦E頭巾、端縫い衣装と風雅にだけ集中していた。
      
 千葉さんのような写真に初めて出合い「これだけ撮ればもう十
 分でしょう」と言う私に、「出すからには納得したものにしたい。あと2、3枚足したいものがあるので今年も行きます」と千葉さんは答えた。

半身不随の修羅となった千葉さんを、なおも大らかな夢の中にのみこんで、いまも赤々と命を燃やし続ける西馬音内盆踊りは16~18日、今年もみちのくの夏祭りにたおやかに参加する。
  

西音内盆踊りCMに登場

羽後町で撮影
西馬音内盆踊りCMに再登場へ

西音内盆踊り

飲料製造のダイドードリンコ(大阪市)は、各地に伝わる祭りを応援する企画「日本の祭り2009」に
羽後町の西馬音内盆踊りを選び、盆踊り初日の16日、会場のかがり火広場でCM撮影した。

日本の祭り」企画は03年にスタート。テレビやサイトを通じ、祭りのPRに一役買っている。今年は青森ねぶた祭、富山のおわら風の盆など全国27の祭りを支援。

西馬音内盆踊りは07年に続き2度目の選出。
CMは、県内外から訪れた観光客や地元住民らを募り、同社商品を片手に、5秒程度のひとことパフォーマンスを
披露する趣向。

編みがさと端縫い衣装を曾けた踊り手や家族連れ、カップルら約60組が参加した。

 このうち、踊りの手ぶりを付け「待ちに待った盆踊り」と元気よくアピールした西馬音内小5年の佐藤真子さんと飯塚茜さんは「西馬音内盆踊りは全国からたくさんの人が見に来てくれるので楽しい。もっと有名になればいい」と話していた。

CMは秋田テレビが9月12日午後1時半から放送する「篝火恋し 陽炎の舞~西音内盆踊り」の時間帯に流れる。

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